2007年6月29日

駒の位置を測る

梅雨時は、湿度が高く魂柱が倒れやすい。 弦を緩めて駒の位置を修正するにはリスクの高い季節である。

自分で楽器をセットアップする事を推奨しているわけでは無いので、ここには具体的な作業方法は書かないようにしている。しかし、駒の位置を記録することをお勧めした以上、測り方くらいは書くのが筋というものかもしれない。以下、筆者はこうしているという程度の話である。

駒の両足のテールピース側に定規を当て(表板を傷つけないように)、f孔の内側のノッチまでの距離を測る。写真はG線側を測定しているところだが、E線側も同様に測る。これで、駒の弦長方向の位置が分かる。

次に、f孔の内側のノッチの頂点から、駒足までの距離を測る。これも先と同様E線側も測る。これで、駒の弦に直交方向の位置が分かる。

ついでと言えば何だが、駒が正しくセットされている時に、指板先端から駒の上端までの距離を測っておく事も参考になると思う。

これらの数値は、楽器の調子が悪くなった時などに道しるべとして役に立つが、もともと楽器のセットアップには幅があるから、あまり神経質になる必要は無い様に思う。

2007年6月23日

楽器の中心で駒を立てる

コントラバスは普段は、ソフトケースに入れて運んでいる場合が多い。
ソフトケースは、大抵の場合楽器を保護してくれるが、駒付近をヒットした場合には、楽器に損傷は無くても、駒が左右方向にずれることがある。
ずれた駒を元に戻す時、楽器の中心にしたい訳だが、楽器の中心とはどこだろうか。

表板が2枚接ぎの場合には、接ぎ面も参考になるかもしれない。しかし、コントラバスの場合、接ぎ面常に楽器のセンターとは限らないようである。
もっともオーソドックスなのは、f孔の内側のノッチを基準にするやり方だ。駒が正確に出来ているとして、内側のノッチから駒の足の外側までを左右等距離にすれば良い訳である。

しかし、その位置に合わせた時に、「どうも弦と指板の位置関係がずれている」ような気がしてきたら、悩みの始まりである。楽器の製作者は、充分に注意してf孔を製作していると思うので、筆者はf孔のノッチを優先したい気持ちは有るが、ずれる前の位置が別であったのなら、今の演奏者に合わせて、そちらも検討したい。元の駒足の跡が明確ならそれを参考に出来るが、そうでない場合も有る。
左右のf孔の上端どうしと、下端どうしを結んだ線を引き、その中点を基準にセンターを決めるやりかたもあるようだ。

駒を作る時には、駒足を楽器のセンターに合わせてから、弦と指板の相対位置を調整していくと思うので、本当なら悩みは無いはずなのだが、そうでないことも実際には良くある。しかし、標準的な配置と違うからと言って、間違いだと決め付ける事は出来ない。駒の製作者が試行錯誤して得た位置かも知れないからである。
さらに、センターの位置と指板と弦の関係だけでなく、バスバー側の駒足の位置がバスバーに合っていないとなると、さらに迷う要素は増える・・・。

駒がずれる前の楽器が調子良かった場合には、その状態が、楽器(と演奏者)に合ったセットアップだったと仮定して、まずはそこに戻すように色々やってみるしかないようだ。駒がずれるというアクシデントに備えて、楽器の調子が良い時には、f孔の内側のノッチを基準として、駒の位置を記録しておくことをお勧めしたい。

2007年6月20日

気乾含水率

充分年月をおいて乾燥させた木材でも、木材は水分を持っている。
木材中の水分を重量比で表したものを含水率という。大気中に木材を放置すると、徐々に乾燥して含水率が平衡状態に達する。この時の含水率を気乾含水率という。
気乾含水率に達するのは、材料の厚みや地域にもよるが、数ヶ月から1年はかかるという。

問題は、気乾含水率は地域によって異なるということだ。日本では15%前後である。ところが北米(カリフォルニア)では8%前後だと言う。楽器の形をしていても木材は木材だから例外ではないわけで、北米から日本に楽器を持ってくると、8%から15%になろうとするわけである。

この話は大雑把なところが二つあって、一つは、これが屋外の話だということである。誰も楽器を屋外に放置したりしないから、本当は屋内の状況を調べなければいけないはずだが、24時間365日完全に空調で管理された場所で無い限り、傾向としては似てると考えて良いのではないだろうか。
もう一つは、木材は乾きやすく湿気にくい性質を持つ事だ。直感的に言うと、湿気を取りこむ速度より、湿気を放出する時の方が速度が大きいのである。8%の材が本当に15%まで変化するかは筆者には分からない。ただ、楽器の材料はとても薄いので、湿度の変化に対する耐性はあまり無いように思われる。

「北米から持ってきた楽器でも1年くらい経てば安定してくる」という話を、回りくどく言うとこういうことになるのではないだろうか。

2007年6月18日

汎用のクランプ

家具などの木工で用いるクランプは、締め付ける力が強力なので注意して使う必要がある。

楽器の板は基本的に薄いし、針葉樹と広葉樹を組み合わせて使っているので、クランプの力が強いと、材料自体を破壊したり、柔らかい針葉樹のパーツが木殺しされたような状態になってしまう。木殺しとは物騒な響きの言葉だが、そのままでは復元しない状態に木繊維が押しつぶされているが、繊維が破断はしていない状態のことを指している。

しかし、指板の接着の時には汎用のクランプを使うこともある。指板とネックの材料は比較的硬いし、それぞれに十分な厚みがある。写真のクランプはパッド付きなので、締めた後を残さずに作業できる。(もちろん、締めすぎれば話は別だ。)必要なところには当木をして楽器を保護するし、特に上ナット周辺をクランプするときには、締めた時にかかる力を考えてクランプをかける必要がある。

2007年6月15日

ミュートなど


ゴム製のミュートで、駒とテールピースの間に取り付けるタイプのものは、脱着がしやすいし、黒檀製のもののように演奏中に落とした時に、周囲を凍りつかせる事も無い。

非常に良く出来ているのだが、モード・チューニングやウルフキラーにとっては、プラスにならないのでは無いかと考えていた。駒とテールピースの間についている事自体が都合が悪そうに思える。

経験上は、何故か、モード・チューニングには大きな影響はないようだ。このタイプのミュートがテールピースに比べて比較的軽いからか、緩い穴に弦を通すという取りつけ方が振動を妨げにくいからなのか。多少はテールピースのピッチを下げる方向に働くと思うが、もともとテールピースの振動モード(TP)自体にも分布があり、ミュート取りつけ後も、それほど大きな変化はなかった。

問題は、ウルフキラーとの共存である。写真の通り、ミュートを使わないときが問題で、ウルフキラーに接触して止まり、ウルフキラーの振動を止めてしまう。上手い事言いたくないが、ウルフキラーキラーだ。

ミュートもウルフキラーも、駒とテールピースの間に取り付ける以上、衝突は避けられない。困ったものである。

2007年6月12日

モード・チューニング(モード・マッチング)4

モード・チューニングにはどのような効果があるだろうか。
通常は、音量が大きくなることと、弾きやすくなることが期待される。弾きやすくなると言うのは、弓で弾いた時に「固い」「抵抗してくる」感じが減るという理解で良いと思う。

ただし、モード・チューニングは、全てのセットアップの最後に行う事が必要だ。先に書いた楽器の共振モードは、使用する弦の種類や弦高、指板の重さや長さ等によって変化するからである。上ナットや指板、そして駒と魂柱等をしかるべくセットアップした後でなければ、モードを一致させる意味がなくなってしまう。モード・チューニングは万能の魔法ではなく、他の全てのセットアップの最後に行う仕上げのセットアップだ。ケーキのイチゴだ。

また、楽器のセットアップはお近くの専門家に相談なさることを強く推奨する。先に紹介したモード・チューニングでは、テールガットの長さを調整するために全ての弦を取り去ると、魂柱が倒れる可能性が高い。ましてや、梅雨どきは相対的に魂柱が短くなる季節だから、殆どの場合は魂柱を一旦外す必要があるのではなかろうか。

例えば、楽器を仰向けに寝かせて、そっと弦と駒を取り外し、魂柱が倒れなかった場合でも、魂柱と表板の間が開いた状態で立っているだけの事もある。この時、少しでも揺らせば倒れてしまうし、倒れずに再度駒を立てて弦を張れたとしても、魂柱が表板の元の位置に再び接する保証はどこにも無い。

必要以上に楽器を神格化し、触れば祟りがあるかのように考える必要は無いと思うが、車のブレーキだってやはり中身を良く知っている人に見て欲しいのである。

2007年6月6日

モード・チューニング(モード・マッチング)3

以前B0を測定するため、筆者が椅子に乗って(楽器を吊るすための)縄を梁にかけていたら、妻が血相を変えて止めに来た。万が一にも楽器が落ちてはならないと丈夫な縄を使ったのが誤解を招いたようだ。
楽器を宙吊りにするしないはその時々で判断頂くとして、色々大変だが、ともかくB0のピッチを調べる。

着目するもう1つのピッチTPは、テールピースの振動ピッチである。TPを測定する場合は、楽器は作業台の上に寝かせていても良いようだ。開放弦が響かないように弦をダンプして、テールピースをそっとタップするか、テールピースのエッジをそっとはじく。カンカンというテールピース木部だけのモードではなく、ドンドンというテールピース全体が振動するモードがTPであることに注意する。TPはテールピースの重さや形状、テールガットの長さ、弦のテンション、サドルの高さ、テールガットの間隔などを変えると変化する。

これでB0とTPが手に入った。これらの振動モードの関係を調整することがモード・チューニングだ。B0との関係では、先のHutchinsらの資料では、TPはB0/2にマッチさせるのが良いという。しかし、コントラバスの場合は少し事情が違っていて、TPとB0のピッチは近いことが多いようだ。勿論これはケースバイケースで、一概には言えないが、筆者の場合はTPをB0に一致させるという方向でチューニングを行っている。

B0はネック/指板の振動モードだから、指板やネックを加工しなければピッチを変えられない。一方TPはテールピースを交換したり、テールガットの長さを変える事などで比較的簡単に変えられる。TPを変化させてB0に一致させるというのが、最も簡単にできるモード・チューニングの例だ。

※楽器のセットアップは、専門家を頼っていただきたい。ここでの記述は完全ではなく簡略化されたもので、例えば、テールガットの長さを調整するにも、適切な範囲がある。また、テールガットの長さを変えるための実際の作業には魂柱が倒れるリスクもある。

2007年6月4日

モード・チューニング(モード・マッチング)2

楽器の振動モードについて、簡単に説明する。日本語の用語や筆者の理解が適切でないかもしれないので、お気づきの方はご指摘頂ければありがたい。

A系列のモード(A0, A1)は、楽器の中の空気の振動モードで、容積や箱の強度によって決まるピッチである。B系列のモード(B0, B1)は、楽器の構造自体の振動モードである。TPはテールピースの全体の振動モードのピッチを示している。ちょっと小難しくなってきたが、先に書いたように、とにかく今着目するのは、B0, TPである。

まず、B0は、楽器本体の構造による振動モードで、単純に言えばネックと指板の振動モードである。振動のイメージとしてはネックの付け根を中心に指板の駒側の端と、スクロールが振れている感じだ。実際には楽器のボディ側も振動しているので、B0を測定するには、上ナット部分をヒモで結び、コントラバス全体を宙吊りにして、指板の端をタップするという。

筆者が実際にやってみたケースでは、楽器を宙吊りにしても、エンドピンを床につけて楽器を垂直にそっと支えた場合でも、それほどB0のピッチに変化があるとは思えなかった。ヴァイオリンと違い、コントラバスは空中に支えて演奏するわけではないので、楽器を垂直に立てて、ノードとなるネックの付け根をそっと支えて、指板の先端をタップしてピッチを確認する位でも良いのではないだろうか。

今までの経験では、B0のピッチは5弦音域のCからE辺りにあることが多かった。このピッチは、弦の種類(弦のテンション)を変えても変わるし、指板を延長したりエクステンションを付けたりして指板/ネックの重さを変えることによっても変化する。

2007年6月1日

モード・チューニング(モード・マッチング)1

先日、ある演奏家の方とのやりとりで、「弦高を下げたり指板を延長した時に音が曇る感じがする」という内容があった。弦の張力との関連が指摘されたが、弦の張力だけでは、指板を延長した場合の説明がつかない。

こういった現象をコントロールするのに、モード・チューニング(Mode tuning for the violin maker by Carleen M. Hutchins and Duane Voskuil CAS Journal vol. 2, No. 4 (Series II), Nov. 1993, pp 5 - 9)という手法を用いるのも1つの手段であろう。リンク先を読んでいただければ、それで終わりなのだけれども、それを言ってはお終いだから、コントラバスに関連すると言われている部分について、この際少しまとめておきたい。

モード・チューニングは、人によってはモード・マッチングとも言われていて筆者もそう言っていたが、上記の文献を引用したから、当面はモード・チューニングで統一する。

楽器には、振動しやすい振動パターン(モード)があって、その中のいくつかのモードを一致させる(マッチング、チューニング)ことで、音量や楽器の反応(弾きやすさの)向上をはかるというのがモード・チューニングの基本的な考えだ。それぞれのモードには対応するピッチがある。測定した周波数ではなくて、耳に聞こえる音程のこととして話を進める。

先の論文中(と付属のチャート)で述べられている、楽器の振動モードのうち、コントラバスで着目するのは、A0, W', B0, TPである。ここでは、もっとも簡単な場合について書くので、B0とTPに絞って話をまとめたい。B0は、楽器本体の構造による振動モードの1つのピッチを示し、TPはテールピース全体の振動モードのピッチを示している。