2008年5月29日

N氏の楽器12---魂柱(つづき)


斜めに立っていたからか、長さに余裕があったため、元の魂柱を削ってフィットした。写真は、鏡に映した表板の裏側である。

元の状態があまり参考にならない場合には、最初に魂柱を立てる位置は、標準的な位置に近い場所が良いのではなかろうか。もっとも何を標準とするかは問題で、色々考え方が有るかもしれない。それに、魂柱は削って調整するから、実際は、想定する位置よりも、楽器のセンターに近い所から始めた方が良いのかもしれない。いずれにしても、奏者の方の好みも有る訳だから、今後さらに調整を詰めて行く上での出発点として、いずれの方向にも調整する余地を残しておいた方が良いのではなかろうか。

フィットしてセットアップして試奏することを繰り返し、これでお渡ししても良いかという感じになってきた。が、何か、もう一息プラスαが欲しい所である。上2本の弦の鳴りは良くなって来ているものの、下2本からすると、今一つ浅い音が有るようにも思える。元の魂柱は、材料としてそれ程悪いという訳では無い。しばらく弾いているうちに、やはり魂柱を変えた方が良いような気がしてきた。もし効果が無くても、元の魂柱に戻せば良いだけである。新しいものに変えてみると、これが正解で、音階の中で引っ込んでいた音が出てきてバランスが良くなった。全体の調整の方向性とも一致したのではないかと思う。いつもこう上手く行くとは限らないと思うが、やってみただけの事はあったわけである。

2008年5月26日

N氏の楽器11---魂柱

魂柱は、表板の内側と裏板の内側(又はクロスバー)に正確にフィットされていなければならない。

今回のケースでは、当初魂柱はフィットしない状態で立てられており、表板の内側には、いくつかの魂柱の跡が残っていた。写真では少し強調されて見えるが、幸いどの跡も致命的なものではなく、さらに、何故か筆者が魂柱を立てようと予定している付近は綺麗であった。

以下は、あまり正確な推論ではないかもしれないが、少し想像をたくましくしてみる。魂柱を斜めに立て、魂柱のエッジだけが表板に当っているとすると、単位面積当たりの表板にかかるせん断力は、表板をへこませるのに十分な大きさになる。表板がへこんで魂柱の断面となじむと、接触面積が増えるから、単位面積あたりのせん断力は減り、(割れたりしなければ)表板の強度とつりあうところでへこみは止まる。今回のケースで、魂柱のつけた傷の大きさをみると、ざっとみたところ魂柱断面積の1/3~1/2以上にはなっていないようである。大胆に推測すれば、今回のケースでは、魂柱断面積の少なくとも1/2以上がフィットしている状態ならば、少なくとも、表板に跡を残すような事は避けられると考えられないだろうか。安全率を見れば、もう少しフィットしている面積を大きくする必要があるかもしれない。

もちろん、表板に跡を残すかどうかは、表板の材質や表板にかかるダウンスラストの大きさにもよるから、魂柱の径だけからは、一概には言えない。特に、今回の表板には目のつんだ材料が使われており、強度が高い場合の例かもしれない。一般的には、ケースバイケースではあると思うが、ごく大雑把に言って、魂柱の直径が16mm未満になると表板を傷つける危険性が高くなるようである。直径19mmの魂柱に対し、16mmの魂柱の断面積は約30%減、すなわち約2/3である。少し結論ありきの匂いはするが、先の結果と感覚的には近いのではなかろうか。

ところで、作業のクオリティを追求しても、現実には100%のフィットは難しい。魂柱断面の2/3以上がフィットしている状態は、実は外観からは完全にフィットしている状態に近いのかもしれない。どうやら、話が振り出しに戻ってしまったようである。

2008年5月19日

N氏の楽器10---チューニングマシン(つづきのつづき)


マイナスネジが好きだ。

と言うと、妻は「でたよ」という顔をする。余談だが、日本でのプラスマイナスという言い方は分かりやすくて良いのではなかろうか。phillipsやslottedと言うより、よっぽどスマートな気がする。

プラスネジの方が作業性も良いし、締め付けのトルクも高くできる。何と言っても、プラスはドライバーが安定するので、圧倒的にリスクが少ない。マイナスネジの溝をドライバーの先が滑り、周囲を傷つけた経験のある方も多いのではなかろうか。特に電動工具を使用する場合には顕著である。さらに、マイナスネジの場合には、ぴったり合うドライバーを見つけるのが難しい気がする。プラスの場合には、規格がはっきりしていて、2、3種類揃えれば大抵間に合う。しかし、マイナスの場合には、ネジ側の溝のばらつきが大きいような気がする。もっとも、手持ちに合うものが無ければ、ドライバーの方をグラインダーで削って調整するのも簡単ではある。

今日、マイナスネジは駆逐された感があり、特殊な用途でしか見かける事が無い。入手もなかなか難しく、その辺で買ってくるという訳にはいかない。機能的にはプラスが圧倒的に優れていると言う事であろう。しかし、マイナスネジの、クラシカルですっきりした外観には捨てがたい魅力がある。コントラバスのチューニングマシンにも色々あるけれども、スタンダードな外観を持つものであれば、マイナスネジがよく似合う気がする。プラスネジの無かった時代の楽器であれば、マイナスを使う意味も増してくるのではなかろうか。

N氏の楽器では、元のネジは木質部分への掛かりが少なかったので、少し長めのネジに交換する事にした。折角交換するならと、マイナスネジを使用し、仕上がりをチェックしていると、後ろから視線を感じた。「でたよ」である。

2008年5月17日

N氏の楽器9---チューニングマシン(つづき)


チューニングマシンを固定するのは木ネジである。ヴァイオリン属の中では唯一ギアと木ネジを使う。

今回、かなりの割合のネジが緩んでいたため、締めなおす事が必要があったが、ネジ穴が広がっており、締めなおすだけでは不充分に思われた。チューニングマシンを外してみると、ネジ穴は確かに広がってはいるものの、もともとの下穴の径が大きすぎるようである。下穴の深さも深く、場所によってはcheekを貫通している所もあった。下穴径が適性なら、多少深くても問題は起こらないかもしれないが、深くしてもあまり意味が無いのではないだろうか。

穴の中を綺麗にして、ネックと同じ材料で埋め木を作成した。埋め木は穴に対してほんの少しだけ勘合度を持たせている。

2008年5月16日

N氏の楽器8---チューニングマシン


チューニングマシンからノイズが出るということで、チューニングマシンを調べた。外観からは分からなかったが、ギア部分の内側に入れられていたスチールのワッシャが原因であった。

このタイプのチューニングマシンでは、ギア部分の反対側から座金を介して軸をネジで引っ張るようになっている。しかし、このケースでは省略されていた。恐らく、ペグ穴の位置の都合上、向かい側にあるギアと干渉し、座金が入らない個所があるために省略されたのではないだろうか。干渉を無くすには、ペグ穴を開けなおすしかないからである。ともかく、ギア部分が引っ張られて、ペグボックスのcheekに押しつけられていなければ、ワッシャがフリーになり、振動でノイズを出してしまう。これを防ぐため、当初ワッシャは溝の中に接着されていたようである。時間の経過で接着が切れ、ノイズが発生したという訳である。

軸を引っ張る座金がつけられない以上、ワッシャを接着しなおすか、ノイズの出ない材質のもので作るか、何らかの対策をしなくてはならない。色々検討した結果、今回は、単にワッシャを取り除いて組みなおした。将来ペグ穴を開けなおす事もあるかもしれない。ワッシャは別にお返しし、保存していただく事にした。

2008年5月12日

N氏の楽器7---駒(つづきのつづきのつづき)


駒は、楽器の本体に付属してこそ機能を発揮するものだけれども、駒自体にも一つの世界があると感じる時が有る。

駒をセットアップする時、表板へのフィットやアジャスターの取りつけは、機能の要求に従って、ある程度形や寸法が決まってくるとはいえ、それでも選択肢は少なくない。足の長さの配分に、足の大きさや厚み、アジャスターを入れる高さ、軸の位置や角度、等と考える事は多い。

さらに、それらの作業が終わり、仕上げの段階になると、作業者の裁量の範囲はさらに増えるように思える。音の面での要求による成形もあるが、足の形や表面の仕上げ、また面の形をどうするか、塗装はするのか等、細部にこだわればキリが無い程の自由度がある。楽器の一部として見えるものであるし、見た目のバランスや美しさも重要なのではなかろうか。各部分の精度が見た目のクオリティとしても現れるよう努力するしかない。

2008年5月9日

N氏の楽器6---駒(つづきのつづき)


アジャスターの再インストールが終了し、左右のアジャスターの軸が揃った。

筆者は初めて取り扱ったが、ご覧のとおり、このアジャスターは、ピックアップになっている。ピックアップとして機能しているのは、E線側のアジャスター、つまりバスバーの側だけである。

Fishmanのマニュアルを見たところでは、ピエゾの働く面はアジャスターの上面だけで、ここの密着度が重要だと書いてある。もっともピックアップの機能が無くても、アジャスターの上面と駒の脚が密着していなくてはならないのは同じである。一方、アジャスターの下側の面(ネジの切ってある側)は、駒足から離れていなくてはならない。つまり、アジャスターの回転が止まるまで下げてはいけないということだ。目一杯下げたからと言って、どこかが壊れる訳ではないが、音に悪い影響があるということである。従って、ここにクリアランスができる様に、あらかじめ配置を考えておく必要がある。

Fishmanのマニュアルには、もう一つ記述があり、左右のアジャスターの軸は互いに平行でなくてはならないが、この軸が駒の厚みを2等分する線の方向にインストールする事を推奨していた。これはアジャスターの機能ではなくて、ピックアップとしてより有効に機能させるための項目として書かれていた。

ピックアップの無いアジャスターの場合、筆者の考えでは、アジャスターの軸方向は、着ける駒のセットアップやアジャスターに対する考え方に依存するのではないかと思う。駒のテールピース側の面が、表板に直角になるようにセットアップされている駒も有れば、少し角度を着けている駒もあるからである。

2008年5月7日

N氏の楽器5---駒(つづき)


新品の駒なら、最後に足を切り離すことでアジャスターの軸の精度を保つ事ができるが、元の駒にアジャスターをつけ直すには多少手間がかかる。

既にアジャスターがついている場合には、足は切り離された状態である。その状態で、夫々の位置関係の精度を出さなくてはならない。駒の上部と足の関係を維持する事も重要だが、左右の足の軸を一致させる事の方がさらに重要かも知れない。こちらは後で修正がきかないからである。さらに、今回は足裏の表板へのフィットもやり直し、駒と指板の位置関係も修正するうえ、同時に駒足の間隔を狭めて、バスバーとの関係も改善することもプランに含まれている。

写真では、既にアジャスターの元の穴は埋めてあり、足には、材料を足して足長になるようにしてある。もともとの駒の形のバランスは悪くなかったが、さらに少しだけ足長にする方向でプランを作成した。足を長くしすぎれば、弦と駒中央のハートが近くなりすぎて強度が不足するから、長くしすぎも当然良くないと思う。従って、駒を立てた時の弦高も、この段階で決定していなくてはならない。足裏にも材料を足して、フィットする時の削り代をかせいでいる。

この駒に関しては、駒の上部に反りがあり、それも修正しなくてはならなかった。駒に限らないかもしれないが、既存のものを生かそうとすると、新品を加工するよりも手間がかかってしまうというのは、よくある事だ。

2008年5月6日

N氏の楽器4---駒


駒の状態を調べ、セットアップの修正を進めた。

弦高を調整するためのアジャスターでは、左右のアジャスターの軸が平行であることが必要であると、このブログでも触れてきた。軸が平行でなければ、アジャスターを伸ばしたときと、縮めた時で、アジャスターのディスク上のピンの間隔が変わってしまうからである。

写真は修正前の状態で、この状態では、アジャスターを伸ばした時、駒の上部の穴の間隔を狭めようとする力が働いてしまう。この時、駒の足には、夫々の間隔を広げようとする力が働く事になるが、実際に足の間隔が開かなくとも、常に駒の内部に応力が残っている状態になる。これは筆者の想像だが、この力によって、駒足の裏のテンションの分布が、足裏のフィットが悪くなった状態に近くなるのではなかろうか。

こうした事が音に与える影響は、無視できる程度と思えるかもしれないが、実際に修正してみると、小さくとも明らかな違いが有る。ナットのところでも述べたように、このような違いも積み重なれば、結局は大きな違いになって楽器の音量や反応に現れるのではなかろうか。

2008年5月4日

N氏の楽器3---サドル


話が前後するが、N氏の楽器では、サドルが浮いて駒の方に倒れかかっていた。

写真右は、サドルを取り除いた状態である。サドルの接着は既に切れており、接着面には、サドルの一部が欠けて残っていた。サドルの両脇にクリアランスが無く、ぴっちり入っていた事に気をつければ、道具を使うまでも無く外れる状態であった。幸運な事にサドルクラックは入っていなかった。

この楽器の場合には、サドルの大きさの割に高さが高いことが原因で倒れてきたのではないかと思う。サドルが駒側に倒れてくるのは、ハイサドルでは良く聞くことで、テールガットから受ける力の方向に偏りがある状態では、然るべき補強がなければ、サドルが倒れる可能性が高くなるのではないだろうか。ハイサドルの場合には、サドルをエンドピン方向に延長するなどしてバランスをとるが、通常のサドルの場合には、音や表板へのテンション等の条件に問題が無ければ、サドルの高さのバランスをとるのがよいのではないだろうか。

表板の変形が少なかったため、表板には手を加えず、サドルの方を接触面の形に削ってフィットすることにした。サドルの高さを低くする過程で、サドルの欠けた部分も修正でき、最後に両脇にクリアランスをとった。サドルの形は、極力もとの雰囲気を保存するように努めたが、テールガットが通る面に関しては、若干の修正を加えた。