2009年10月25日

Overstand

コントラバスには、ハイポジションが弾きやすい楽器と弾きにくい楽器がある。

これには、楽器の大きさや肩の形、ネックの状態などが関係する。このため、理由を一言で言う事は難しいが、関連する寸法に、ネックの付け根における表板から指板の裏側までの距離がある。この寸法はoverstandとかstand heightなどと呼ばれている。

もしこの値が小さければ、楽器のG線側(もちろんE線側も)の肩が指板に対して近づくことになり、ハイポジションを弾く時の腕のスペースを制限して、弾きにくくなってしまう。撫で肩の楽器ではこの寸法の影響は少なく、肩の張った楽器であれば影響は大きい。厳密にいえば、楽器の肩から弦までの距離が問題なのだから、指板の厚みも含まれて良さそうだという気もする。

Overstandは、演奏上は重要な寸法でありながら、あまり音に影響しないようである。修理する立場だと、標準的な寸法の範囲にあり、特にリクエストが無ければ、積極的に変えようとは思わないと思う。
ただ、ネック周辺の修理をする機会があれば、overstandを変えるチャンスである。ひょっとすると修理する人からは、直接この値が話題にのぼらなくても、「ハイポジションは弾きにくくないですか」と聞かれるかもしれない。

当然のことながら、この値を変えるという事は、駒の高さとの関係でネックの角度やその他の事にも影響がある。その楽器の状態によって、変えるための方法も違ってくる。音にあまり影響しないという事を逆にとって、ハイポジションが弾きやすくなる方向に調整できる可能性があるということである。

2009年10月18日

コルク

エンドピンがノイズを出すので気になっていたとの事であった。
調べたところエンドピンシャンクのコルクが劣化していた。

コルクの役割は、楽器内に突き出しているエンドピンが共振したときに、ノイズを出さないように押さえる事である。エンドピンの共振を抑えるには、必要無ければエンドピンを短く切ってもよい。しかし、いずれにしても、コルクが無ければちょっとした事でノイズが出る危険性は高い。


ボロボロになったコルクと接着剤を取り除き、シャンクを綺麗にした。中のコルクは円筒形で、外側はピッタリに、内側はエンドピンより少しだけ穴が小さくなるように新しいコルクを加工した。

滑りを止めるための溝が彫ってあるタイプのエンドピンでは、出し入れの時、溝がコルクを通過する度にクリック感が出る。ちょっと考えられたエンドピンでは、このクリックの時に、溝がネジの真下に来るようになっている。或いは、逆に、クリック感が出ないような形でコルクが入っているエンドピンもある。そう思って見ているが、ひょっとすると考えすぎかもしれない。


こんな所で、人知れずエンドピンを押さえているコルクの事も、時には考えてみたい。

2009年10月15日

時間

楽器の持主ほど、その楽器を見ている人はいないのではなかろうか。
もちろん、修理や調整を行う人も、楽器を念入りに観察する。


其々に、見る場所やスタンスが違うかもしれない。楽器の構造や特性に対する情報量の違いから、特に修理する側には、より一層の注意が要求されて当然ともいえる。極端な話、持主より修理する人間のほうが、より多くを見ていておかしくないはずである。つまり、「おまかせでお願いします」と言っても良いのかもしれない。しかし、この考えは、正しくないと思う。持主のかたの情報の重要性は変わらないことを強調したい。修理・調整に演奏する方のスタイルや希望を反映するために必要なだけでなく、楽器と過ごしている時間が圧倒的に長い人の意見が重要だからである。

楽器を初めて拝見したときには、必ず各部の測定を行って、修理や調整の方向を相談させていただくことにしているが、何日かその楽器と過ごすうちに分かってくる事がある。私の力不足や、鈍いために時間がかかるという面もあると思うが、いくつかの問題の本当の原因のようなものに、ハタと行き当たる時がある。作業を進めるうちに、新たな問題点が出てくることも少なくない。ともかく、私の場合には、その楽器の事が染み込んでくるまでには少し時間がかかる。

持主の方は、最も長くその楽器と時間を過ごされている訳だから、楽器のことを、現象としては最もよく理解されているはずである。具体的な原因が明確でなくても、原因を見つけるのは修理者の仕事である。なんとなく感じる事でも、瑣末に思えるような事であっても、作業する上で重要な手掛かりになる事があると思う。

2009年10月7日

ウイング


f孔のウイング部分は割れやすい所のようである。

この楽器の場合には、割れは表板の表面だけで裏側は繋がっており、厚みの途中まで割れている状態であった。裏からパッチが当たっている楽器もよく見る。裏からパッチを当てることについては、それなりの配慮が必要である。ノイズが出なければ、場合によっては気付かないこともある割れだが、こんな事でも、音には多少影響がある。

この部分に限らないが、補修に際しては、過剰な補強に対する注意が必要なようである。飛行機は、必要十分な強さで作るという話を何かで読んだ。実際の記述がどうだったか記憶がおぼろだが、丈夫に作りすぎると重くて飛ばなくなったり、荷物が乗らなくなるというような趣旨だったと思う。コントラバスの場合も、強度を追求して必要以上に強度のあるパッチを張ってしまうと、自由な振動を妨げる事につながるようだ。

2009年10月1日

テールピースにテールガットを受けるプレート


テールピースは、黒檀やローズなどで作られているもの以外に、メープルやビーチ等の黒檀に比べれば安価なハードウッドに着色しているものもある。

一般的には、着色のテールピースは安価な傾向だけれども、音の面からは必ずしも悪いとは言えない。テールピースの重さや、そのタップトーンは、弾く時のフィーリングや、楽器の鳴りに影響がある。この調整に関係するのは、主にテールピースの重量であって、テールピースの値段ではない。もちろん高価な素材のテールピースの質感は他では得られない。

着色のテールピースのメープルやビーチなどの素材は、黒檀などに比べると柔らかい。このため、テールガットが食い込みやすくなってしまう。写真のテールピースは着色のもので、テールガットを通す部分の食い込みが激しかった。このため、一部を彫り込んで金属のプレートを埋めこんだ。黒檀のテールピースであっても、必要と感じた時にはプレートを入れている。テールピースは自由に振動できた方が良いと思うが、自由に振動できる事と接合部分に吸収が有る事とは違うのではないだろうか。