2010年12月30日

公式

円弧の両端を結んだ直線の長さと、直線の中央から円弧の頂点までの高さから、円弧の半径を求める式が好きだ。公式と言うほどではないかもしれない。近似かと思っていたら、近似ではないようである。

普段、指板を削る時に型は使わないが、試しに型を作ったらどうかと思い立ち、公式に入れてみた。すると、キャンバーの深さにもよるが、R=30~50mという値になった。当初の予定では、手持ちの機械をコンパスにつけて正確な円に切るつもりだった。5~6m位ならいけると思っていた。型の製作ははあきらめたものの、楽器を弾いているとき、指板に接する半径50mの円を想像するとちょっと愉快な気がする。

2010年12月23日

アメリカから来たベース2

チューニングマシンの下は、オリジナルのニスのようである。

楽器のニスは、使われるうちに擦り減ったり、汚れで表面が劣化したりして、痛む事がある。使い込まれた感じになって風情もあるけれども、楽器として使う以上は何らかの補修をした方が良いようである。古いヴァイオリンで良い味になっているものでも、それなりの楽器でそれなりの手が入っているものならば、ニスは修復してあるもののようである。

ニスは、木質を保護するために塗られているから、ニスが無くなると、汗や汚れは木に直接染み込んでしまう。この状態が続けば、その部分の寿命を短くしてしまう。これを防ぐため、リタッチしたり、保護のためのコーティングをしたりする。これは、ニスを塗りなおして、ピカピカにしてしまうのとは違う。オリジナルのニスが多く残っていた方が良いのは確かだ。楽器の経てきた時間を尊重しつつ、楽器を保護するための修理であり、多くの良い楽器ではなされている事のようである。


 例によって、チューニングマシンも手入れした。研磨剤で磨いてしまうと、ピカピカになってしまう。それでは艶が出すぎて、艶消しである。

左がクリーニング後で、右がクリーニング前である。右の方は表面に汚れがあり、緑青の色で少し緑がかっている。一見微妙な差とも思うが、一見した印象に与える影響はあなどれない。何となくボロい感じの楽器に見えるか、何となく古くて良い物に見えるかの差は大きいと思う。

弦を巻く軸は木製で、かなり擦り減っている部分もあった。しかし、まだまだ使えそうなので、擦り減って木地が見えてしまった部分は着色してそのまま使う。軸を固定してあるのは、たいてい釘のようなピンだが、ガタガタなので、真鍮のネジに交換した。

2010年12月15日

指板が剥がれたら3

外からニカワを流し込む方法は、接着面を綺麗に出来ないので、その分信頼性は下がる。

ボタン部分を外から補強する方法もあるが、今回は、ボルトによる補強を行うことにした。メタルワークについては賛否もあると思う。しかし、必要に応じて使い分ける事は、コストの面も含めて、選択肢を増やす事になるのではないだろうか。

今回は、内側からのネジ止めがあるので、ネックを外して完全な修理を行うには、オープンリペアになる。しかし、今の指板の厚みや、ネックの状態からは、これらを存続させるためだけに、表板を開けるのは費用の面からも妥当でないように思う。指板交換や継ネックが必要になった時に、或いは、他の故障で表板を開けなくてはならなくなった時に、合わせてネックの根本的な修理を行う方が合理的なのではないか。その時にボタンもグラフトできるわけである。

ボタンへの直接的な固定ではないが、ボルトによる接合には強度がある。また、ネックは消耗するパーツであり、将来継ネックなどによって交換される。交換されれば、ボルトも取り去られ、今回の修理跡は消えてしまう。さらに、使っている間に再びネックが緩んだ場合には、再度ニカワを入れ、ボルトを再び締め直してまたしばらくは延命出来る。これらが、ボルト補強の利点である。

ボルト穴を埋めて、目立たないようにニスをかける。穴は、見えなくはならないが、今回の場合は、ほどほどに見えていた方が良いと思う。原則、修理をした跡をなるべく分からなくする方が良いのは当然である。しかし、これは、スタンダードで広く認知されている方法であればの話ではなかろうか。楽器の接合面の殆ど全てがbutt jointなのも、そのためではなかろうか。内部に何か特別な事をした場合には、将来全く事情を知らない人でも、一見してどのような修理をしたのか分かるようにしておく方が、楽器にとっても良いのではなかろうか。

2010年12月10日

指板が剥がれたら2

2は無いはずだったが、ネックの付け根に問題があった。

ネックとネックブロックの間の接合が緩んでいる。ネックの付け根部分だけでなく、裏板のボタンも動いている。ボタンはパフリングを境に切れていて、ネックを支える役割を果たしていなかった。

ブロックとネックの接合だけが緩んでいる場合、この部分は、弦を張ると押しつけられる場所なので、ボタンがしっかりついていさえすれば、楽器として機能するので、見ただけでは分からないと思う。
この楽器は、ブロックとネックの接合が緩んでいて、しかも、ボタンがパフリング部分で切れている訳だから、ネックが取れないのがおかしい。しかけは、楽器の内部にあった。

以前のオープンリペアの時に既にボタンは破損していたようで、この時の修理者は、補強として内側からネックをネジで固定していた。この2本のネジだけで、ネックをもたせていた事になる。木口へのネジ止めで、よく持ちこたえた。

ネックがブロックと精度良く接合され、接着がしかるべく行われている時、全体の接着面積に対するボタンの比重はそれほど大きくない。しかし、ひとたびブロックとネックの間が緩めば、ボタンは最後の砦となる。ボタンとネックの間の接着は、繊維方向が一致した木端同士の接着だから、ネック周りの接着面では最も信頼性が高い。従って、ボタンに問題がある場合、何らかの補強が必要と考える。

外から補強する方法もあるが、この楽器の場合、ボタン部分に焼き印があり、外からの補強は避けたかったのではなかろうか。内側からネジをもんでいると言う事は、オープンリペア故だと思うが、これでは、増し締めが難しい。また、同じ理由でネックを外すことも難しい。
次善の方法になるが、第一段階として、ネックの隙間から、なるべく沢山のニカワを流し込んでクランプで固定し、ブロックへの接着を行った。

2010年12月7日

指板が剥がれたら

指板が剥がれたら、ネックにかかる負荷を減らすため、すぐに弦を緩めた方が良い。
状態にもよるが、基本的には、駒が倒れない範囲で、できるだけ緩めるのが良いと思う。指板は、弦のテンションを支える役目も果たしているので、指板が剥がれるとネックは弦のテンションに負けて変形してしまう。楽器店への移動の時に駒が倒れた時の事を考え、表板を傷つけないよう、テールピースにはタオルなどの布を巻いておけば安心である。
     *     *     *
ケースを開けたら、指板が剥がれていたとのことで、弦を緩めた上で、お持ちいただいた。

指板は完全に取れてしまっていた。前回作業した時の記録を出して見るとメモがあり、その時は、剥がれている訳ではなかったが、接合面のクオリティに疑問はあった。指板に限らず、接着に強度があるかどうかは、外から見ただけでは分からない。前回の時点では、疑問はあったものの、剥がれは無かった。

幸いにも、ネック側には破損が無く、指板のごく一部が欠けてネック側に残っただけで、綺麗にはがれていた。この点では、接着の状態が悪かったのが幸いしたと言える。剥がれた面には、ニカワやらその他の接着剤が色々ついていたので、クリーニングした。上の写真はクリーニング後である。一部、強く着いている指板のかけらはそのままにしてある。
クリーニングすると、指板とネックの間の接合面は、意外にも精度があり、大きな修正は必要なかった。問題は、製作時でなく、途中の修理にあったのだろう。

 指板を貼り直すと、以前ドレッシングしたキャンバーが保持される保証はない。特にこの楽器の場合は、ネックと指板の隙間を埋めるように接着剤が充てんされていたので、接着面は平らではなかった。
先の作業時には、凸凹に接着された状態のままでドレッシングした訳だから、接着面を平坦にして貼り直すと、指板の表面は狂ってしまう。
 
ともかく、以前ドレッシングしたものを再度ドレッシングする事になったので、少しサービスさせて頂いた。

2010年11月30日

アメリカから来たベース

 アメリカから来た楽器である事は分かっている。作者や製作された国は分からない。学校で使われていた痕跡がある。

実は以前に関わりのあった楽器で、とても懐かしかった。かなり前の話なので、当時と今で、楽器を見る自分の視点の違いが非常に良く分かった。今回は、指板を変えたいというお話であった。テンションの低い弦に変えて良く鳴るようになったので、音に不満はないが、改善の余地があるなら、全体的なチェックもというご要望である。

 とにもかくにも、表板の周囲が痛んでいて、楽器を拭く時に布がいちいち引っかかってしまうような状態であった。これを本格的に直すとすれば、エッジをつけ直す事になるが、今回は取りあえず対処療法的に、ただしリバーシブルに、補修する事にした。
作業の初めの方では、楽器のクリーニングを検討する事が多い。楽器が汚れていると、作業中に手がペタペタしてくるし、ニスの補修が必要なところも分かりにくい。喫煙環境で楽器を弾かなければならない場合もある。煙草にまつわる汚れも、匂いだけでなく、長い時間のうちには楽器の状態にも影響するから、落としておくに越したことはない。
この楽器は煙草の汚れは無かったが、長年の汚れが溜まってしまっていた。実は、この汚れは15年前に見たときから有ったもので、当時はニスの一部と思っていた。しかし違っていた。汚れていたのは、主に手で触れる場所であった。
ニスを補修するにしても、汚れを取り除いてからである。

2010年11月18日

コンテムポラリー・イタリアン5

今回の作業の基本的な考え方は、手を加えつつも、良かった時のセットアップを再現するという事である。
どのようなコンセプトで調整が行われたのか、何故それが劣化してしまったのか、楽器に身をゆだねて学ぶ事は多い。一方で、分からない事もあり、自身の未熟さを思い知らされる。分からない所は触れないから、その部分に関しては現状維持と言う事になってしまう。

この楽器のセットアップで特徴的な事は、ハイサドルで表板へのダウンスラストを減らしている一方で、テールガットが極端に短く、テールピースをかなり強く拘束している事である。テールピースは、エボニーでなくハードウッドを黒塗りしたものが使われていて、これは恐らくテールピースを重くしたくないのが理由のように思われた。テールピースを強く拘束することは時折行われ、ハイサドルのように楽器をよりフリーにする操作とは方向性が違うような気もするが、この楽器に関しては、ウルフに対する操作だったのではないかと思われた。

問題は、テールガットがテールピースに喰い込んで、テールガットが長くなったのと同じ状態になっていた事であった。テールガットの長さが短い時には、テールピースの共振ピッチはテールガットの長さに非常に敏感になる。試奏しながら、適切な位置を探って長さを決めた。この長さは、元のテールガットと同じになったので、今回の推測は当たらずとも遠からずという事ではないかと思う。

駒と魂柱の位置については、元の位置は標準的な位置であったので、逆に、あちこちテストした。結局は、元の位置に近くにセットした。近いけれども、ちょっとの移動に良く反応する楽器であったので、元の位置とは言えないかもしれない。魂柱自体の素材は少し重く、表板と裏板へのフィットは悪くなかったが、成形はいまひとつで、円柱の円が、あまり円でない感じである。もっとも、魂柱の断面が真円に近い事にどれほど意味があるのかと言われると困る。疑問はあったが、これは現状維持と言う事にした。一度、オープンリペアがなされているので、必要な魂柱の長さが変わり、その時に作りなおしたのかもしれない。

まだまだ残った課題はあるが、今回出来る範囲の事は全てした。後はまた別な話である。

2010年11月14日

コンテムポラリー・イタリアン4

マイナーな問題と言えども、無視できない事もある。

弦を全て外してしばらくすると、もともとついていたナットでは、指板の間に隙間があいてきた。弦のテンションがかかっていれば、隙間は塞がる。これが音に与える影響は、わずかなものかもしれない。メジャーな問題を解決する一方で、わずかなものも集めていく努力も可能な限りしたい。

単純に考えれば、このようなフィットの悪い状態は、バネを入れたのと同じようなものではないか。もしバネと同じような働きをするならば、振動が伝達されず吸収されてしまうのではなかろうか。フィットを追求しても、所詮は、バネの強さの違いかもしれない。しかし、弦のテンションに対して十分に対抗できるようなバネ(フィット)は追求できるように思える。

先に少しふれた、チューニングマシンの調子も、マイナーな問題の一つかもしれない。リュート奏者のように、演奏人生の半分はチューニング、とまではいかないが、マシンの調子の善し悪しは演奏生活に影響がある。

周期的に重くなるマシンの場合には、ギアが偏心しているのが原因の事がある。軸の片側は、回転に抵抗するため、四角に切られてギアに差し込まれている。四角でない場合もあるが、四角ならば、軸とギアの差し込み方は4通りある。方向を入れ替えて確認した。

ギアとウォームの形が合っていないために重くなる事もある。また、ひとたび楽器に取り付けられて、テンションがかかると、チューニングマシンは、楽器のなりに変形して、原因の追及を難しくしてしまう。プレートの穴の形を加工する必要に迫られる事もある。

2010年11月2日

コンテムポラリー・イタリアン3

演奏する上では、今回のセットアップの最も大きな変更点は、指板の形とナットの弦間隔と言えるかもしれない。

ソロ用の楽器と言う事もあり、極力負荷を減らす方向の調整となった。指板については、キャンバーの量を僅かに減らし、断面方向のRを変更した。キャンバーは弦高とも関係して、少なすぎれば弦が指板に当たる原因になる。弦の種類にもよるが、かなり良い線ではないかと思う。
指板は、G線側のハイポジションが延長されたタイプで、延長部分は付け足したものではなく一枚だった。

断面方向のRは、駒の形によって決まる。駒の形は、弓で弾く時に隣の弦を弾かないようにするためのマージンをどの位取るかで決まる。駒の形から指板の形が決まると考えても良い。現実的には、標準的に必要なマージンは分かっているので、指板を削ってから、駒を作ることが多いが、今回は、駒を交換せず、移弦するときのマージンは今の状態が良いという事なので、駒に合わせて指板を削った。

ナット上の弦間隔は、簡単に言えば隣の弦との距離だから、低いポジションでのオクターブや5度を押さえる時に効いてくる。極端に狭くする例もあると聞くが、今回は標準的な範囲で少しずつ狭くした。弦の間隔は、間隔の値自体も大切であるし、間隔が均等である事も重要ではないかと思う。前者は色々好みや、コンセプトがあると思うが、後者については、不均等にした事が無いので、利点は分からない。ひょっとすると、何かあるかもしれない。
上が新しいナットである。仕上げればもう少し色は黒くなる。弦の間隔の差は、トータルで1.5mmほど狭くなった。技術の粋を極めるような演奏では、1.5mmは決して小さくないのではなかろうか。

2010年10月20日

コンテムポラリー・イタリアン2

 誰しも、何となく習慣にしている事があるのではなかろうか。
大抵の場合、ペグボックス周辺の修理は、修理の初めの段階で行う事が多い。

チューニングマシンの調子が今一つ良くないので、分解して一通り対策をする事になった。
この楽器のチューニングマシンの軸は金属製だけれども、ギアを固定するネジが木製の飾りネジになっている。色々お話を伺っていると、「木の飾りネジを外した方が音が良くなる」という現象が起こるらしい。しかし、この飾りネジは、ギアを固定する役割があるので、外してしまう訳にはいかなかったとおっしゃっていた。

木の飾りネジには重さがあるから、その影響もあるかもしれないが、あまり重たいものではないので、メジャーな理由ではないと思う。調べてみると、ペグの軸とスクロールに開けられた穴の位置関係が良くない。飾りネジを締めると、ペグの軸の先が穴の中で浮いてしまうのである。カンチレバーのような状態である。建物探訪風に言えば、キャンティレバーか。飾りネジを外すと、軸はペグボックスの穴に密着し、弦のテンションをしっかり受けられるようになるので、音が良くなったのではなかろうか。

このチューニングマシンを使い続けるという前提であれば、ブッシングして穴を開けなおすのがベストである。今回は、将来交換する可能性もあるという前提で作業した。歯車と軸の接合部分を少し加工した上で飾りネジを交換し、軸に自由度を持たせて、穴の中で浮かないようにした。木の飾りネジは、ご本人はあまりお好きでなかったので、別に保存して頂いた。必要なら、いつでもオリジナルの状態に戻すことができる。。
 
ちなみに、この楽器ではE線の軸より、G線の軸の方がナット寄りになるようチューニングマシンが配置されている。細い弦の方が曲げやすいから、G線がナットに近い事には合理性があるように思える。音にも影響はあるだろうか。あるかもしれない。

2010年10月14日

コンテムポラリー・イタリアン

ものの本*によれば、ヴァイオリンの世界では、オールドと言うのは19世紀初頭までに作られたものだそうで、それ以降のものがモダン・ヴァイオリンと言う事になっていて、作者が存命中のものは、コンテムポラリーと呼ぶようである。
コントラバスの場合は、全然事情が違うのかもしれないが、今回はこの分類にならって、コンテムポラリーのコントラバスと呼ぶ。

現状のままで、かつては素晴らしい音だったとのお話であった。問題は、今は、いまひとつ良くない事である。しかも、駒も魂柱も何もかも今付属しているもので状態が良かったのだから、パーツを交換する必要が無い訳で、難しい条件である。魂柱の位置も悪くは無い。

少し時間をかけて調べると、少なくとも三つは目に見える問題があった。
一つは、ネックと表板の接する部分が密着していない事である。表板に対する弦のテンションは、ネックと表板が接する部分と、サドルと表板が接する部分に直接かかっていた方が良いと思う。
二つ目は、駒と表板のフィットが良くない事である。G側とE側の駒の足裏の仕上がりが異なる事から、オリジナルの状態ではなく、途中で何らかの変更が加えられたのではないかと思われた。仕事のクオリティから見て、手が加えられたのはE側の足であろう。
三つ目は、アジャスターと駒の脚の部分の隙間である。これもE線側で、アジャスターのための軸穴が浅くなっていて軸が底付きし、アジャスターのディスク部分と駒の脚とが密着していない状態であった。隙間は0.1mm位だから、本当なら目視で分かるはずだが、このタイプのアジャスターは、ディスク部分の中央だけが駒に接するようになっていて、周辺はもともと浮いているように見えるので分かりにくかった。非常にクオリティの高い駒なのに、本来の能力を出していないため、何か問題がある事は感じていて、さんざん悩んだ末にようやく発見した。
どうやら、駒のE線側だけが何らかの理由で加工されたようである。

* ヴァイオリンの見方・選び方―間違った買い方をしないために (基礎編): 神田 侑晃・著, レッスンの友社

2010年10月2日

マジーニモデル11

足したコーナーや、ダブリング(様のパッチ)を行った部分にニスをかける。無くなったコーナーは、反対側のコーナーの形や、裏板の形を参考に成形した。今回の楽器のコーナーは、はっきりした主張があるというより、どことなく擦れてしまった感じに作られていた。
指板は接着に問題があったため、一旦はがしてつけ直し、その後ドレッシングする。指板の接着には、往々にして問題がある事が多い。本来は、互いに密着するように加工されている必要がある。互いに密着度を高めるために最も簡単な方法は、それぞれの接着面の平面度を高くする事である。
しかし、ペグボックスや、駒の高さとの兼ね合いで平面にできない事もあるので、曲面にせざるをえないこともある。いずれにしても良好な接着を得るためには、互いに密着している事が必要である。

駒を作り、いよいよ音を出す。少し落ち着くのを待つ必要があるので、弦を張って直ぐには判断できないが、期待に背かぬ良い手ごたえである。テンションや弾いた時の反応から、さらにハイサドルを追加する事にした。
ハイサドルの形は、ハイサドル自体にあまり主張させないことを目的に、ボリュームや高さを感じにくいような形を検討した。
この楽器についていたテールピースはかなり大きいもので、駒とテールピースの枕部分との距離が各弦独立に調整できるような仕組みになっている。ただ、今回は、駒とテールピースの距離が近いので、出来るだけこの距離を稼ぐよう調整した。

表板のアーチも殆ど問題無いレベルになったと思う。この状態が長く続いて欲しいと願うばかりである。

2010年9月26日

マジーニモデル10

表板を戻す。

補修の漏れがないか確認し、少し剥がれかかっていたラベルを貼り直して、表板を戻す。

横板は、いかようにでも変形するので、もともとついていた場所に可能な限り正確に戻す必要がある。表板を外す前に表板と横板の関係を測定しておいたのがここで役立つ。100パーセント正確に同じ位置に戻すのは難しいかもしれないが、最大限努力はすべきであろう。

いかように変形すると言っても、横板の周長は一定なので、ある部分を押し込みすぎれば、別な部分が出っ張ってくるといった具合だから、全体としてつじつまを合わせなくてはならない。さらには、ネックの角度にも影響があるから、元の角度になるよう位置を調整する必要がある。もし、ネックの角度を変えたければ、これを利用して、横板と表板の関係が許す限りは変える事が可能である。

表板が戻り、箱になって初めて、弦のテンションに耐える事ができる。「君たちがいて僕がいる」感じである。みんなで担いでいれば耐えられるが、誰かが抜けると途端に辛くなる様なものだろうか。

2010年9月23日

コントラバスで

コントラバスのリサイタルやCDで、チェロやヴァイオリンなど他の楽器のために書かれた曲が弾かれる事がある。
演奏家の方からすれば、弾きたい曲というのは、コントラバスのオリジナルか否かに関わらず選んでおられるのではないかと思う。

聞き手としてはどうか。「オリジナルの楽器で弾けばいいし、聞けばいいのでは?」という疑問を投げかけられた時、反論したい気持ちはあっても、根拠はあいまいであった。もちろん、オリジナルの楽器で弾かれたCDも持っているし、好きである。「弾いてもいいじゃないですか」では、なぜわざわざコントラバスで聞きたいかの説明にはならない。もっと言えば、そもそもコントラバスでソロを聞く意味は何なのかと言う事にもなるかもしれない。

作曲家が楽器を選んで曲を書いているからには、選ばれた楽器で最も効果があがるように書かれていて当然である。普遍性のある音楽であれば、音楽としては楽器を選ばないという事はあるだろう。現実には、楽器の制約はあるので、コントラバスで演奏する場合には困難が伴う事が多いし、超絶技巧なり編曲なり何なりが必要になる。コントラバスのオリジナルの曲であれば、効果的に書かれていると思うが、やはり同じような難しさはあるのではないだろうか。演奏家の方には、聴衆が居る居ないに関わらず、演奏する必然があると想像するが、問題は聞き手の必然性である。

先に音の魅力について書いてから、今更お恥ずかしい次第だが、答えに気付いた。コントラバスの音の魅力である。ヴァイオリンでもチェロでも無いコントラバスの音の良さである。これらが聞き手である自分にとっての必然だと。演奏家の方には、大変な苦労を強いているのかもしれないが、オリジナルだろうが編曲ものだろうが、その効果は他の楽器では得られない。どんな楽器に対しても同じ事が言えるだろう。だからこそコントラバスの場合にも言える事なのではないか。
コントラバスの音で聴きたいのである。

2010年9月12日

マジーニモデル9

表板を戻す前に、ライニングを修正する。

元々ライニングが平面でなく、表板はライニングのなりに、多少無理して押しつける感じで接着れていた。表板を平らに修正しているので、対応する部分は修正しないと合わない。

ライニング自体の接着も良くないので、ライニングを交換する事にした。この楽器のライニングは、薄いものが2重に貼られていたので、オリジナルと同じ寸法で、2枚のライニングを作って貼る。

ライニングは薄いとは言え、形に曲げてから接着する。この時点で正確に合っていないと長さも切れないし、接着の時に手間取って収拾がつかなくなる。
「木工家は十分な数のクランプを持つことはできない」と言われたりする。確かに足りないと感じる事は多い。こんなに挟まなくても良い感じもするかもしれない。しかし、接着には接着面が一定の強さで圧締されていることが重要である。

一枚貼って、ニカワが乾いてから、同じ作業を繰り返し、最後に表板との接着面を削りだして出来あがりである。
ライニングの幅も音に影響を与える。と言われている。箱の強度に影響があるからである。良い悪いの問題でなく、ブロックの大きさの違いなどと同様に、個性の違いとなって現れるということのようである。

2010年9月9日

マジーニモデル8

表板を外すと、本体はへなへなになってしまう。

表板が戻すまでに、本体の形がなるべく変わらないように、配慮が必要である。

表板を開けた以上、本体の内部についても、できる事はしておいた方が良い。先送りされた修理がたまっている場合もある。今回は、バスバーの剥がれによるオープンリペアなので、それほど故障がたまっている訳ではない。
第一に、中を綺麗に掃除する。中の掃除は、とても重要である。コントラバスの中は、例外なく汚れている。表板を開けた時は、これらの汚れを取り除く大チャンスである。いざ、中を掃除する事になると、コントラバスの大きさを思い知らされる。

本体の内部に何らかの問題があれば、全てやっておく必要がある。緩みのあるパッチを外し、新しいものに取りかえる。横板の内側に割れがあったので、これも修理した。製作者が横板を曲げた時に出来た小さな割れが、少しずつ開いてきたのかもしれない。これは外からは分からなかった。
また、ネックブロックや、コーナーブロック周辺にも多少補強の必要があった。

エンドブロックにも問題があった。裏板とエンドブロックの間に隙間がある。この部分は、主に引っ張られる力が働くと思うので、接着に強度が必要である。つけ直して、補強を追加した。

2010年9月2日

マジーニモデル7

表板を吊るす。

吊るすのは、タップして、音を聞きながら削るからである。音を聞きながら削る方法ばかりではないが、今回はそうする。

バーの位置には、どれだけ外側に出したくても、fの内側でなければならないという制約がある。バーがはみ出して、fから見えてしまうからだ。f孔の内側のeyeの間隔が駒のサイズと関係があると言われている理由はこの辺にある。


バスバーを削る。音の変化を聞きながら削るのは楽しい。バスバーとは大体こんな形という先入観を捨て去ることはできないが、音に従って削れば、一応それは音の形である。目に見えないものによって形が決まっていくのが面白い訳である。


バーの基本的な形が決まったら、側面を落としたり面を取ったりして仕上げていく。断面の形が、自分なりのルールに沿うように仕上げる。この楽器では、内側は何も塗らないので、木地の仕上がりがそのまま最終的な仕上がりになる。

バスバーの端は、大きく面を取る。表板の表面に向かって、なだらかになるよう面を取るのは、修理の時に貼られるパッチも同じである。これは貼り付けられたものの端の部分に力が集中するのを防ぐためである。一番上の写真で、表板の剥ぎ面に貼られたパッチが其々少しずつずらされているのも、基本的には同様の理由である。単に適当なだけの場合もあるが。

バスバーが仕上がったら、家人が「何故、何かをのみ込んだヘビみたいな形をしているのか?」と聞いてきた。「それをいうなら、星の王子様のウワバミじゃないのか?」とはぐらかしてみたものの、答えを知っているのは筆者ではなくて音である。

2010年8月27日

マジーニモデル6

いよいよバスバーを表板に削り合わせる。

ようやく今回の本丸にたどりついた。
バスバーの取り付けのコンセプトは色々あり、大雑把に言っても、バスバー自体の大きさや形、取り付ける位置、取り付ける時のテンションなどに違いが合る。

バスバーには、駒の振動を表板に効率よく伝えるという役割がある。名前の通り、主に低音側の補強に効くといわれている。さらに、駒から表板にかかる力を受けるための、構造上の役割も持っている。このため、駒が押してくるのに逆らうようテンションをつけて接着される事が多い。このテンションはもろ刃の剣で、強すぎると良くない、と思う。一般的には、表板は周辺に行くほど薄くなるので、バスバーの端は表板の薄い所に位置する事になる。場合によっては、駒を押し返す利点より、表板の薄い部分を引っ張るというマイナスが現れてくることもある。

どのようなコンセプトでバスバーを作ろうが、共通なのは、バスバーと表板が密着していなくてはいけない事である。

最終的に、バスバーのフィットが決まったら接着する。
ニカワを使う接着としては、面積も広いし一度に接着するので、作業は秒刻みである。さらに強度が必要とされる場所である。バスバーは木目が直行しない木端同士の接着なので、接着が上手くいけばトラブルは少ない。はずだ。

クランプの配置をはじめ、当て木の固定やニカワ鍋の配置まで、準備に時間を使う。リハーサルを行って、目標タイムをクリアする事を確認する。そして真実の瞬間である。

2010年8月20日

マジーニモデル5

表板のアーチはかなり戻ってきた。

写真の縮尺が違うので、この写真の見た目のままではないが、戻るのを待っていた甲斐があった。

宮大工の方の話では、建物の軒も瓦の重さで沈んでいるのが、修理の時に瓦を外すと、何百年も前の材料でも、元に戻ってくるということである。楽器を扱うこと自体、ずいぶん気の長い事をやっているような気がするが、このような建築を扱っていらっしゃる方の時間のスケールは、特に大きくて驚かされる事が多い。


スケールは違うが、ともかく木の繊維が切れていなかったので、元に戻ってきたのは幸いであった。
ここまで戻ってきてもらったので、これからさらに、サンドバッグなどを使って、できるだけアーチを再現する。この辺は、一気にやるのは禁物である。

熱を加えつつ型に押し当てて、アーチを元に戻す。様子を見ながら、何度にも分けて少しずつ進む。あまり欲張らずに、無理のない範囲で戻すことにした。

2010年8月12日

音は演奏家のものである

少し前に、競泳で水着が問題になった時、水着が泳ぐ訳ではないと訴えた選手がいた。

楽器に関しても、全く同じ事が言えると、最近とみに感じるようになった。筆者ごときが偉そうに言える話ではない事は承知しているが、実感としてはそうである。楽器が演奏される時、演奏される音楽は、演奏家自身の表現である。しかし、音そのものもまた演奏家自身の持つ固有の表現だと言えるのではないか。

もちろん、楽器には個性があり、楽器の音が存在することに疑いは無い。実際の演奏においても、楽器の個性は音として現れてくると思う。楽器製作者の偉大さを否定している訳ではない。しかし、それでも、音は演奏家のものだと言っているのは、結局、楽器に固有の個性なり能力であっても、それを引き出すのは演奏家だからである。

コントラバス奏者の石川滋さんと、最近考えていることなど色々お話しさせていただく機会があった。石川さんは以前から同様の考えを持っていらっしゃって、ハイフェッツのエピソードを例に引いておられた。決して、楽器より自分が偉いとおっしゃっている訳ではない。石川さんは、楽器に対して非常に謙虚に接する方である。

演奏家にとって、良い楽器が良いセットアップであるに越したことはない。楽器の能力が高ければ、高度な要求にこたえられるし、弾きにくいセットアップでは、演奏に対してハンデを背負わされることになる。最高の楽器には、演奏家も最高の賛辞を送るはずである。しかし、それでもやはり、音は演奏家のものではなかろうか。

以前、楽器が消えるというのが究極の理想と言うような話を石川さんがしておられた。現実には、それは不可能に近いけどもという注釈があったような気がする。演奏中、音楽と演奏家の間には楽器があるんだけれども、究極的にはその存在が消えて、音楽だけになっているというのが、理想の状態ではないかという事だったと思う。

一方で、演奏を聴く聴衆との間には、必ず音が存在する訳だから、演奏家の意識から楽器が消えたとしても、音自体の魅力は残るのではないだろうか。双方から音を楽しみ、楽器は消えているけど音の魅力は存在する。音が演奏家のものというよりは、音の魅力が演奏家のものなのかもしれない。

2010年7月30日

マジーニモデル4


表板はなかなか問題である。

ニカワ以外の接着剤が、何箇所かに使われていて、ダブリングを施すことにした。接着剤を削らなくてはならないのもあるが、全体にリブやライニングと表板の密着が悪いので、この際それも修正することにした。リブと表板の密着が悪いと、薄い膠でつける事は難しくなる。
ネックの入る溝は埋め直されていて、表板にも木が足されていた。この部分も一緒にダブリングする。

コントラバスに限らず、表板は何度も開け閉めされると、どうしても接合部が痛むので、表板を薄く削り、削った部分に新しい木が足されている事がある。ダブリングされた楽器では、表板を横から見て厚みの半分位の所に線が入っている。古い楽器には時々見られる。
今回は、ダブリングと言っても全体に行う訳ではないので、ダブリング様のパッチと言うべきかもしれない。

新しく足す木は、極力元の木と近いものを選ぶ必要がある。出来る事なら、年代も近い方が良いが、なかなか難しい。コントラバスの場合、元の材料も大きいために、修理に用いる材料も、大きな材料が必要になる。

コーナーの欠けは、ダブリングのついでに足す方法で補修する。新しく足す木の一部に厚みを残し、コーナーを切り出す。

バスバー側の陥没については、さらに放っておく事にした。

2010年7月20日

サイン

楽器には製作者自身によるサインや裏書き以外にも、何か書いてある事がある。


修理した人の名前であったり、修理の日付であったり、誰かの名前であったりする訳である。 中には、メモ程度の役割の物もあるかもしれない。

書かれる場所も、バスバー、指板の裏、魂柱、テールピースの裏、駒の裏などバリエーションは豊かである。
ただ、これらの場所は遅かれ早かれ消耗して交換される場所である。さすがに楽器の箱本体に書かれている事は少ない。表板に書くのは勇気が要るだろう。

楽器の内側に、本来のラベル以外に修理者のラベルが貼られている事はある。鑑定に関して権威ある修理者のラベルなら、楽器の真贋の判断の一助となる可能性はある。

こういう何らかの印がされるのは、大抵は大きな修理の時だから、次に修理される(サインが発見される)時までかなり時間が経っていてもおかしくない。20年とか30年位とすれば、修理した工房が無くなっている場合もあるし、残っていたとしても代が変わっている可能性もある。

其々の楽器には、持主と同時に、修理してきた人の時間も積み重なっていると実感する。

修理者の中にはサインを書かない人も当然いて、それらの人々の名前は分からない場合が多い。ただ、修理そのものは残る。名前は分からなくとも時の試練を受け、後の修理者に評価される事になるだろう。