2012年12月22日

魂柱跡

表板の魂柱の当たる付近が変形する事がある。

この楽器では、最初に拝見した時に既に変形があり、ハイサドルもつけて表板にかかる力を減らした。しかし、今回拝見すると、変形は進行しているように思えた。
製作者に問い合わせると、表板に使われている木の樹種自体が現在の物と違っているとのことだった。どちらかと言えば割れるより変形するらしく、 現状を相談した結果、変形が進行せず現状で止まれば良しとして、さらに高いハイサドルを製作した。

さらに、テンションを開放してしばらく置いてから、駒のフィットや魂柱の当たりも調整を行った。
楽器自体の作りはとても丁寧で、ライニングなども手のかかる方法で入れられている。どこを見てもとても綺麗に作られている。

再セットアップしたところ、とても良く鳴って音量も均一に出るし、反応も良い。ハイポジションの音色も良いし、表板の変形以外は大きな故障もない。これ以上変形が進まないでほしい。

2012年11月11日

Making a Violin Bow



Reid Hudson氏が弓製作の様子を動画で公開なさっています。氏のお人柄と技量、製作に対する誠実さが良く表れているのではないかと思います。
引き続き、続編も公開されるようです。

2012年10月30日

Hearing Protection

世の中すべての人にとって職業上注意すべき安全の一つに、聴覚の保護がある。

大きな音に対しては、耳栓やイヤーマフを使用して、聴覚を守る必要がある。面倒ではあるが、繰り返し大きな音にさらされると聴覚は自覚のないまま少しずつ損なわれるということなので、気をつける必要がある。

この事は知識として知っていても、現実にはよほど強い意志が無ければ実行は難しい。勤めている人なら職場の環境もあるだけになおさらだ。筆者ももっと早くから実行できれば良かったと後悔する事がある。

オーケストラプレーヤーにも同じ問題があるという事は知られてはいるが、どの程度重視されているのだろうか。恥ずかしながら、筆者自身問題を知りつつもどこか他人ごとであった。しかし、楽器の音はかなり大きい音に分類される。ただ、音楽家の場合には耳栓が演奏の邪魔になる可能性があるために、単なる遮音だけでは完全な解決は難しいのではないか。

音量が危険なレベルに達すると、音を遮断する耳栓がある。これが本当に良い製品かどうかは分からないが、危険の無い時にはマイクで音が内部に伝えられるので、単なる耳栓のように常にゲインがあるものより実用性があるかもしれない。
価格はそれなりだが、実用になるなら決して高い買い物では無いと思う。 もちろんもっと安価で単純なタイプの音楽家向け耳栓も多数世の中には存在している。

ETIMOTIC MusicPRO Electronic Musician's Earplugs
http://www.etymotic.com/hp/mp915.html

実は、木工用や射撃用のイヤーマフにも同様の機能をもったものがある。通常は会話が自由にできるが、騒音が危険なレベルになると音を遮断する。同じような機能のイヤーマフを知っていながら、今まで音楽家用の製品に思い至らなかったのが残念だ。

 大きな音で聴覚は損なわれる可能性がある。一度損なわれた聴覚神経(正確な言い方で無いかもしれない)は再生しない。新陳代謝しない細胞のようだ。

どの位大きな音に耐えられるかには大まかな目安がある。色々な基準があると思うが私の見た資料では以下のようだ。
  • 90デシベル 一日8時間まで (芝刈り機、電動工具)
  • 100デシベル 一日2時間まで (チェーンソー)
  • 115デシベル 一日15分まで (車のクラクション)
  • 140デシベル 短時間で聴覚に障害を及ぼす (ジェットエンジン)
もう少し厳しいものでは
  • 85デシベル  8時間まで
  • 97デシベル 2時間まで
  • 100デシベル 15分まで
  • 103デシベル 7.5分まで
筆者は専門家ではないし、この分野にとくに詳しいという訳でもないので、以下の資料にはいくつかの参考になる数値がある。資料の正確性は不明だが、仮にこれらの値が完全に正確でなくても、内容はごくごく常識的な話なので、問題はないと思う。

Noise and Hearing Loss in Musicians
https://circle.ubc.ca/bitstream/handle/2429/816/MusiciansFinalRevised.pdf?sequence=1

オーケストラのピークでは120~137デシベルに達するようだ。

写真の筆者のイヤーマフは木工用としては一般的なもので、29デシベルのゲインがある。先の製品はモードに寄るが15デシベルある。15~20デシベルという値は、ざっと調べた感じでは、音楽用の耳栓としては相場的なゲインのようだ。ゲインが大きすぎると演奏に支障があるのではないか。綿やティッシュを耳に詰め込んで得られるゲインは7デシベル位のようだ。得られるゲインは音の周波数にも依存するので、それらが考慮されていない綿やティッシュはお勧めできないようである。

上記の資料中には楽器ごとの代表的な音量のレベルの表もあって、予想に違わずコントラバスの音量は、他の楽器に比べて低いレベルだった。耳には優しい。

Violin 84-103
Cello 84-92
String Bass 75-83


2012年10月16日

dot

指板上のポジションマークが大きすぎるのでつけ直したいとのご依頼であった。
セットアップを行ううち、マークの位置も指板のセンターでない事に気付いた。

以前のマークは多分box woodで、径は6mm強だったから1/4インチではないかと思う。以前のマークを掘りだし、黒檀で一度埋めてから貝で入れた。写真では、マークはすでに新しく入れ直してある。

マークを入れる時は、弦長が確定してからでないと位置を決められないので、事前にセットアップを決める事が必要と思う。計算で出した位置を参考にしつつ、慎重に位置決めした。


最初にご希望を伺った時は、径が小さすぎる様に思えたが、実際入れてみると良く見えて、まだ小さくしても良いかと思える位であった。良いセンスだなあと感心した。


2012年9月12日

弓のコンディション2


アイレットが入る穴の付近は弱く、製作時あるいは修理時にこの部分への配慮が少ないと、深く掘り過ぎてしまったり、穴の幅を広げてしまったりする事があるようだ。穴が深い場合、スティックの指が当たる部分が少しでも減ってくると、穴が表に出てきてしまう。


チップフェイシングの毛で隠れている所が割れている事もある。この部分は毛のテンションを受ける所でもある。プラグ(クサビ)が抜けないようにクサビ穴の巾の広い方でも負荷を受け持っているが、最終的にテンションを受け持つのは狭くなった方のように思う。スティックまで割れてしまうと深刻だが、フェイシングは交換すれば問題ない。プロテクターの役割を果たしている部品なので、自らが壊れる事で衝撃を吸収するケースもあるのかもしれない。
フロッグを外してこの部分を見る時には、毛の並びを乱さないように注意して行う方が良いと思う。

以前毛の元末が通常とは逆に張られている毛替えを見た事がある。何らかの意図があったのかもしれないが、その毛替えでは、プラグの木取り方向も通常と90度違っていた。

チップのクサビ穴の脇のライニングにわずかな隙間が出来ている事もある。この部分はフェイシングが細くなっているだけでなく、プラグの具合によってはフェイシングを持ち上げる力が働くので、力がかかりやすいのかもしれない。汚れなどが入ってしまう前に補修しておいた方が良いと思う。
プラグは、形で抜けないように保たれていているのが良いと思う。しかし、元々のクサビ穴の形が良くないと良いプラグを作るのが難しい事がある。このよう な時は、少しきつめに作りたくなってしまう。しかし、形でテンションに対抗しないと、きつく入れるだけでは、衝撃の蓄積で抜けてくる危険性がある。どのような毛替えでも100%抜けない保証はないので、最善を尽くしてあとは祈るしかない。時折、たとえプラグが取れても毛が抜けないように迷惑な保険が掛けられている時もある。


2012年8月19日

チューニングマシン

チューニングマシンを変える目的で、「見た目を良くしたい」というのも重要な要素ではないだろうか。

その価値や歴史においてオリジナルを尊重するほどでもなければ、交換はありうる。古い楽器でも新たにあまり良くないものがつけられている場合であれば、あまり躊躇する必要は無いのではないか。

ただし、ペグ穴を開け直す事になれば、楽器に一定の負荷はかかる。既に何度もブッシングされているような楽器の場合には、交換自体が非常に高くつく可能性がある。

この楽器は、ルブナータイプのチューニングマシンがついていた。オーナーの方のご希望で、交換する事になった。ペグの配置から必要なブッシングを行って、 以前のネジ穴も埋める。チューニングマシンのウォームの掘り込みは、埋めずにニスのリタッチのみを行った。新しいマシンのウォームの下になるので、あまり目立たない。

新しいチューニングマシンは、イギリス製でシンプルで綺麗だった。滑らかな動きのためにはウォームとギアのクリアランスは必ず必要で、 チューニングマシンの精度にも左右される。さらに、エクステンションがあるので、E線だけは少し特別扱いになった。
メインのギアが真鍮でもウォームはスチールかステンレスの事が多い。ウォームは摩耗の条件が厳しいのだろう。こうしてみると、やはり真鍮の無垢は色が良いと思う。メッキやブロンズ仕上げのように最初の色を保つことは難しいが、古くなっても良い味になる事を期待できる。

2012年7月31日

弓のコンディション

楽器に比べ、弓は故障があっても無理に使われ続ける確率が高いような気がする。

故障によっては、気づきにくい事があるかもしれない。アンダースライドが外れていても、フロッグを弓から外すまで気づかない場合がある。アンダースライドが外れると、フロッグの黒檀部分の薄い所が徐々に割れて無くなってしまう可能性がある。フロッグ自体も徐々に変形してしまう。

このフロッグでは、アンダースライドはネジ止めされていたが、アンダースライドに皿が切って無かったため、ネジが素通りしていた。
アンダースライドは正確に貼り直す必要がある。不正確だと、アイレットの中心とスライドの中心がずれる可能性があるし、チップとの関係が崩れてしまう可能性がある。

アンダースライドをつけ直した。以前行われた修理の接着剤を取り除き、ネジ穴を埋め直した。ボタンがオリジナルではないようで、弓にも合っていないので、ボタンとアイレットは交換した。

このアンダースライドには、エッジに傷が残っている。アイレットの高さを調整するために、外したボタンのスクリューをを差し込んで回したためである。 これはやってはいけない行為に入る。特に良い弓ではやらない方がよい。アイレットの高さによっては、ネジ部分ががアンダースライドのエッジに触れて傷をつけてしまう。

良く分かる故障でも機能に直接影響を与えない場合、そのまま使われ続ける事がある。銀線のラッピングは、テープで固定されていた。ラッピングは、消耗部品なので、減ったら交換する。コントラバスのジャーマンボウの場合、銀線部分に指が触れて減る事はあまりないと思うけれども、ハンダが外れたり巻始めが抜けたりして緩む事はある。


銀線の巻幅はオリジナルの幅に合わせた。スティック上の痕からみると、銀線は緩んだだけでなく部分的に失われていたようだった。
ラッピングの下に、フロッグ削り合わせの時の合印が隠れている弓もある。
持ち主には防げない故障もある。フロッグのパールスライドの動きが固いと、毛替えの時に何かの工具を差し込まれてしまう可能性がある。差し込まれた結果、パールスライドが傷ついたり、フロッグの側に傷が残ったりする事がある。非常に見た目が悪くなってしまう。

長い間毛替えされていない弓や手入れの悪い弓で、パールスライドが非常に固い弓に出会う事がある。ここに工具を入れたくなるのは分かるが、しかしこれもやってはいけない事の一つではないだろうか。
直接は防げなくとも、アンダースライドパールスライドが適正な固さになっていれば良い訳だから、弓の状態を良く保つ事で、予防できるかもしれない。

2012年7月21日

Pianomania

Pianomaniaを見た。音に対する要求を伝えるのに使われていた言葉が興味深かった。

音色は奏者に寄る所が大きいとは言うものの、楽器の音ももちろんあるし、弾いた時の反応の差などの状態の差はもちろんある。車で言う所の「走り」はドライバーの物だけれども、車自体にも操作性や固有の特徴があるようなものか。

音色に対する要求を言葉にすると、抽象的な言葉になってしまう。しかし、それらを積み重ねて調整を進めるうち、成果は具体的な音として現れてくる。共通の理解に達した時に、「この音」としか言いようが無いものかもしれない。

コントラバスの調整の時も、映画ほど究極ではないけども、似たような言葉のやり取りがある。映画では、演奏家は音(や反応)に対する要望のみを語り、「ピアノのどこがどうだから、そこを少し削ってくれ」というような事は一切言わなかった。しまいには音だけでやり取りしていた。どうやってその音を実現するかは専門家である調律師に任された問題だからだと思うが、調律師に対する絶対的な信頼があると思う。

2012年7月5日

ニス


ニスは、汗などから楽器を保護している。
大抵のニスは水分で影響を受けないが、中には汗などの水滴が付くと表面に痕が残るものもある。何故か理由は分からないがそういう物もあった。湿度の高い日にニスが白化する事があるのと似たようなものだろうか。しかし、そのようなニスであっても、通常の使用状態であれば十分に保護の役割は果たすだろう。


一見ニスに見えるが 、実際はニス層が劣化していて、手あか等と混ざった物で置き換わっている事がある。そういう楽器で、修理やセットアップをしていると何となく手がペタペタしてきて、変だな?と思う。
G側の肩とか、Cバウツの横板など、手が良く当たる所で散見される。汚れを取り除いてから、補修した。

2012年6月22日

From inside

色々張られていている。バスバーも新しいようだ。
これだけ張られると、元の楽器と同じと言えるのか分からない。それでも音に関してはオリジナリティを保存しているのかもしれない。良い楽器であった。

筆者の素人写真ではこの辺が限界だが、プロが楽器の中を美しくとった写真として、ベルリンフィルのポスター(?)があちこちで引用されているようだ。
やはり、中に入ってみたいし、ちょっとだけ住んでみたくなる。

2012年5月24日

虫によるダメージ

喰われた部分の木が無くなってしまうため、虫によるダメージは大きい。

木目や木の繊維方向と無関係に食べ進むので、割れと違って不自然な傷の入り方になる。虫は、よりおいしい方へ向って進むのか。

表面に現れずに紙一枚下はトンネルになっている状態の虫穴では、力が加わるとあっさりとトンネルに沿って割れてしまう。ソフトケースについている金具が引き金になる事があり、この楽器の場合はそうであった。下にして置くときにストラップの金具が当たってしまう。楽器のCバウツ付近に金具が来るように作られていないケースでは、気をつけて楽器を置かなくてはならない。

失われた木を足す場合、内側から行う方が良い。しかし、コントラバスの場合は大きいだけに開閉のコストが問題となる。虫による被害以外のトラブルが積み重なっていれば開ける価値はあるが、今回はfを介する修理に加え、一部分のみ開けて修理を行う事にした。
虫穴部分を綺麗にする以外は全く木を削らないため、見栄えに多少難があるけれども、必要なら綺麗に除去できる修理なので、将来、開ける時に本格的な修理を行えば良いと思う。

修理後セットアップすると、反応が良く音量もあり明るく好もしい楽器だった。ラウンドバックであったが、裏板に魂柱を受けるベースが付けてあり、フラットバックのように魂柱を作る事が出来る。角度さえ正確に合えば、切り口を平面にできるので便利であった。


2012年5月9日

スクリューの穴

ボタンのスクリューの長さと、弓のスティックの穴の深さとは一致している方が良いのではないか。
一致していない弓も良く拝見するので断定はできないが。

一致していた方が良い理由の第一は、万一ボタンからスクリューが抜けてきた時、スクリューがスティック内部に入り込む可能性が有るからである。アイレットのmortiseより先の穴は、ネジ部分よりも細く開けられている事が多い。 スクリューが内部に入り込むと、内側からスティックを押し割る可能性が有る。

実際にそのようにして割れた事例は一度見た事がある。何故割れるのかが理解されていなかったようで、何度も修理されていた。

対策は、穴の底に木を入れて穴の深さをスクリューに一致させる。入れる木は、Pernambucoが良いように思うけれども、他のものでも構わないと思う。もし、入れた木が嫌なら、取り除く事は容易で、スティックも傷めない。

穴の深さとスクリューの長さが一致している利点は、万一の対策だけでなく、弓の毛のテンションを穴の底でも分散して受けるため、 ボタンとスティックが接している部分が摩耗しにくくなるということもあるようだ。写真のプレッチナーは2000年の新作なので、ボタンがオリジナルであれば、ひょっとすると、穴を深くする何か別な理由があるのかもしれない。

摩耗と言えば、スティックより柔らかい素材であれば、いわゆるラバー(プラスチック)のボタンは高級感では劣るものの、スティックの保護のためには利点となるのかもしれない。

2012年4月21日

Levinson Masterclass on the Strad

APRIL 2012 VOL 123 NO. 1464のthe StradのMasterclassのコーナーに、Eugene Levinsonによるフィンガリングのコンセプトについての解説が、4ページにわたり譜例付きで掲載されている。
The Strad

蛇足ながら、オンラインでは読めないので雑誌を買う必要がある。

2012年4月15日

駒用のゲージを作ろう


このブログでも述べてきたが、結構お付き合いの長い方でも、いまだに駒が指板側に倒れてくる事を修正する重要性が伝わっていなかったりして、駒の位置を確かめるスティックを作ってみることにした。楽器に関してはご自身での作業はお奨めしていないが、駒の倒れを修正する事は別だ。このゲージは作っておくと便利ではないかと思う。

駒は日々チューニングと共に指板側に倒れてくる事が多いので、これを時折修正する必要がある。 これは演奏者が行わなければならない。弦長で2~3ミリほど指板側に倒れてくるだけで、弦高は高くなって押えにくい感触になり、音は締め付けられたような窮屈な鳴りに変わってしまう。その状態で放っておけば、どんなに高価な駒でも反ってしまい、最悪は作り変える事になる。問題はどの位修正すればいいかが分かりにくい事だ。
弦長を知って、その値で管理もできるが、あまり手軽でない。駒の裏側と表板の角度を目で確かめる方法では、弦長をミリ単位で管理できるか難しいように思う。

駒足が表板の正しい位置にあり、かつ正しい弦長にセットされている状態で、指板の先から駒までの距離を棒か何かに写し取っておこう。駒の正しい位置と、正しい弦長は駒を作った人にしかわからないので、正しくセットアップしてもらった直後に自分で測るか、教えてもらおう。
この小さなスティックを楽器ケースに入れておけば、いつでも簡単にチェックでき、良い状態を維持できる。
駒が倒れてきていたら、Mikeにならって修正しよう。

2012年4月8日

松脂

ISB会報のQ&Aで、楽器についた松脂が採り上げられていた。

楽器表面にこびりついた松脂をどのように落とすかという話で、 実はこれは非常に難しい。
松脂とニスは基本的には同じものなので、松脂だけを取り除く事はなかなかできず、ニス自体にも影響が出てしまうという話であった。

溶媒の違いを利用したり、物理的に少しずつ除去するなどした後、傷んだ分のニスを補うため、表面に薄くニスをかけたりする。

結論としては、「演奏後に布で楽器を拭く」に尽きるようである。

話は変わるが、古い楽器でニスがすれたような外見の楽器でも、擦れた部分にはニスが補われているようである。木部に汗が染みてしまうと木部を痛めてしまうからである。

2012年3月29日

Serrated Graft


何年か前に、Maestro Giovanni LucchiさんのSerrated graftを知った。これは、Maestro Giovanni Lucchiさんが開発した方法とのことである。

チップの近くのスティックが細くなった部分にクラックが入る事が有る。この部分は、強度に余裕が無い上に、しなったり振動しなくてはならないため修理が難しい。単なる接着や、 チップの先端だけが折れた場合のようなsplineを差し込む補強では足りない。

クラックを取り除いて別な木を移植するには、接着面が負荷に耐える必要がある。接着に強度を持たせるためには、できるだけ木端の接着になる方が良い。また、接着面積が大きいほど良い。例えば、Tip全体を新たに作り、斜めにそぎ落として接着する修理では、これら二つを満たし、かつ接着面をより有利な位置に移す事が出来る。

Maestroの方法は、簡単にいえばスカーフジョイントとフィンガージョイントを組み合わせたものと言える。スカーフジョイントもフィンガージョイントもメジャーな仕口だが、この二つを組み合わせて弓の修理に適用した所にオリジナリティがあるのではないか。 安い修理では無いので、弓は選ぶと思うが、一つの有効な選択肢ではないだろうか。 

割れた部分をそぎ取って、新しく移植する材料との接着面をフィンガージョイントでつなぐ。この補修でこの弓が今後どのくらい使えるのか、必ずしも保証はできないが、フィーリングの変化を最小限に抑え、とりあえずは使える状態になった。Maestroの情報なしにこの弓を修理する事は出来なかった。これらの情報を世に公開するMaestro Lucchiの姿勢に感謝し敬意を表したい。

2012年2月28日

セットアップは劣化する

楽器のセットアップはやはり徐々に劣化すると思う。
定期的に楽器店を訪れるのが良いと思う。

本当に良い状態を保つためには、2年に一度位は一旦セットアップを解除して状態を調べられれば理想ではないか。プロの方にとっては、楽器のダウンタイムが死活問題になる時もあると思うが、しばしば、オーナーの方の耳は徐々に変化する楽器の状態に慣れてしまい、それを無意識に補いつつ演奏されている場合もあると思う。
加えて、弾き込みの効果を最大に引き出すためにも有効ではないだろうか。

ソフトケースに入っていても、駒を何かにドンと当てるだけで駒の状態は変化する場合がある。駒の脚は、弦のテンションに押されて広がろうとしている力と、摩擦力と材料の強度がバランスをとった状態で立っている。この状態が外力によって少し変化してしまう。
また、駒が指板側に倒れてくるのを修正する時、駒の足が動く場合もある。表板のアーチとの関係で駒が「歩く」楽器では仕方ない場合もある。

楽器から全てのテンションを取り除き、しばらく置いてから再度チェックすると、変化が生じている事もある。楽器のあらゆる場所が、弦からのテンションに対して変形しバランスを保っている。セットアップを大きく変更した後などは、楽器の表板が受ける力が変化したりして、そのバランスが変わる。駒のフィットが変化している場合もある。
周囲の環境の変化による影響もある。湿度に応じ特定の方向に収縮する材質を素材とする以上、何らかの変化が生じる事は避けられないのではなかろうか。

楽器も車のように人の手によって作られた道具である。消耗や劣化を定期的に調べることで良い状態を保てるのではないか。 さらに、劣化や故障を回復する以上に、定期的にチェックする事には重要なメリットがある。過去に行われたセットアップに基づいて、その上になにがしかを積み上げられる可能性が高い。前回の状態と現在の状態を比べる事で、その楽器に対する理解が進むし、その間弾き込まれた事による変化を感じられれば、「あの頃」よりも状態を良く出来る可能性もあるように思う。

2012年2月16日

細部と全体の間

セットアップには細かな作業が沢山ある。シンプルな造形に見えて、それぞれのパーツには、それぞれの細かな作業がついてまわる。

細かい作業は枝葉なのかと言われれば、必ずしもそう言えないのではないか。楽器全体をどうしたいかという考えがあって初めてディティールを詰めることができる。楽器のセットアップは、個々の作業の効果を足し算して行ける作業だと思うので、個々の方向性がバラバラでは、足した結果が大きくならない。細かい事でも本質なのではないか。シンプルに見える造形が単純なものとは限らない。

セットアップは、楽器の能力を発揮させ、快適に弾ける状態にする事で、主に消耗する部分が対象になる。駒、魂柱から、指板、ナット、サドル、ネック等、また、テールピースやチューニングマシンも対象になるかもしれない。
チューニングマシンの手入れは、セットアップとは呼べないかもしれない。しかし、「壊れている訳ではないが、調子が悪い」チューニングマシンは非常に多い。チューニングマシンの調子が悪いと、調弦が快適に出来ない。調弦が快適にできることは演奏と演奏生活のクオリティに対して大きく貢献すると思う。

「何となく調子が悪い」セットアップと、「何となく調子が良い」セットアップの間には、深くて暗い川・・・ではなく、数多くの細かな作業が横たわっている。 この二つは決して近くないと思う。

2012年2月5日

アジャスターの操作について

駒の高さを調整するアジャスターの使用については、誤解が有るような気がする。

特殊なアジャスターを除いて、アジャスターは左右の出を同じにして使う必要がある。
最初に取り付けられた時の状態にもよるが、正確に付けられていれば、アジャスターのディスク部分より下に出ているネジの長さが同じになっていなくてはならない。片側だけを操作する使用方法は、基本的に間違いと思って良いと思う。もちろんやむを得ない場合は有るかもしれない。

アジャスターの基本的なコンセプトは、駒の高さを変えることであって、各弦は一緒に平行に動くような構造になっている。もともと通常のアジャスターには、G側とE側の弦高の相対的なバランスを調整する機能は無い。全ての弦をそのままの配置で、上げたり下げたりするのがアジャスターの機能と考えて良いと思う。
例えば、「E線側の弦高を高くしたい」と思う事が有っても、E線側のアジャスターだけを上げるのは間違いである。

仮に、E線の弦高を高くする目的で、E側の足のアジャスターを上げたとする。この時、駒はG側の脚の接地面を中心として、G側に傾くように動く。この時、図の矢印の方向に弦は移動する(図は指板と弦の断面を書いた)。従って、E線はは指板から離れる(?)とともに、G側に移動する。E線は指板の山の方に移動するので、指板からの高さは高くなるかもしれないし、あまり高くならないかもしれない。これは、駒のサイズや高さ、指板のRに依存する。ともかく、アジャスターを上げたほどには指板からの高さは増えない。
一方で、G線は、指板の山から離れる方向に移動するので、指板からの高さは高くなってしまう可能性が有る。

さらに、片側だけを上げたり下げたりすると、両方の駒足のG線側かE線側かのどちらかに余計に荷重がかかる事になり、音にも良くないし駒足のフィットも悪化する。場合によっては表板に良くない影響が有る。つまり、アジャスターを片側だけ動かすことは、弦と指板の位置関係を変えるだけでなく、音や楽器に良くない影響が有る。
弦相互の関係を変えるには、通常の駒と同様、駒自体を調整して行う必要がある。

2012年1月19日

ネックリセット

指板が下がって弦高が高くなった時、駒を低くするのは対症療法である。駒の高さを維持するためには、ネックをリセットする事が行われる。

一見何ともなさそうだが、昔行われたネックのリセットがまずかったようである。表板とネックの間に入れられた材の方向が良くないため、材料が潰れてネックを支えきれず、リセットの意味があまりない。
この楽器は駒自体すでにかなり低くなっているうえ、駒の溝も演奏者自身の手で深く掘り込まれていた。
駒の高さは、コントラバスとは言え大体の範囲はあるけれども、 楽器の問題で、楽器に聞け、という事のようである。

良くない部分を取り除くと、その他の問題も見えてくる。やればやるほど問題が出てきそうな匂いがする。費用との兼ね合いがあるので、どこかで妥協する必要はある。今回は、前のネックリセットが想定していたと思われる高さまで戻すことにした。あまり無理が無く、それで十分3/4の駒の高さになる。

Overstandは、音に対する影響はあまりないと教えられたが、本当は影響があるのではないかと思う。サドルを高くするのと同じで、高くすればするほど、駒が表板を押える力が減る。この楽器はかなり古いし、ネックはリセットされているので、元の量は分からない。製作者は表板のアーチの高さとの兼ね合いで決めているという話も聞いた。